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2018年12月31日月曜日
好きという感情
深夜に再放送で流れた白黒の無声映画
1920年代という
狂騒の時代背景の中で
若者が明るく奮闘する群像劇
君は二人がけの赤いソファに座って
レモンを浮かべたホットワインを飲みながら
静かに画面を見つめていた
15分くらい経った頃だろうか
君は消え入るような声で
この映画が好き
と言葉を漏らした
僕はある種の違和感を感じ
特に答えることはしなかった
僕は知っている
この映画は何とも言えない
悲劇的な結末を迎えることを
君のスマホは何かを受信したようで
さっきから赤い光が点滅している
でも君は目もくれない
映画は終盤となった
若者が全てを失って絶望する様を
大人たちが冷笑して幕を閉じる
やっぱりこの結末は後味が悪い
映画が終わっても
しばらく君は無言だった
そして
やっぱりこの映画が好き
と言った
僕は驚いた
この映画のどこが好きなの?
なんて野暮な質問はできなかった
音もない 色もない
そんな世界で
君は好きと言ったのだ
論理的に整理しようとしている自分が
馬鹿らしくなった
きっと好きという感情に
要素なんてないんだ
気が付くと
僕のホットワインは
一口も飲まないまま
冷めていた
無意味な思考が宙を舞う
2018年12月6日木曜日
ファンデーション
東京駅の八重洲口21時ちょうど発の
大阪行き深夜バスに乗り込む
席は指定席で
トイレの目の前
ちゃんと確認すればよかった
駅弁というには
ひどくお粗末で
鮭のおにぎりと緑茶のペットボトルを
鞄から取り出す
でも食べる気がしない
喪服はクリーニング代が高いから
シワにならないよう
丁寧にジャケットを畳んで
隣の空いている席に置く
この世の中から
一人の人間がいなくなっても
地球の自転は変わらない
いくらたくさんの悲しむ人間がいても
昨日と同じように
機械的に朝日は昇る
でも
さっき落としたファンデーションは
粉々になって壊れていた
たった一回落としただけなのに
もう元には戻らない
2018年12月1日土曜日
赤い屋根の家
欅の並木道を一本入ったところに
赤い屋根の家があった
庭もきちんと手入れがされていて
この季節には薔薇のにおいが鼻をかすめた
その家は
年老いたおばあちゃんがひとりで住んでいる
おばあちゃんは占いが得意で
小さい頃はよく遊びに行った
いつも笑っていて優しくて
帰りにいつも黄色い包み紙の飴をくれた
今日会社の近くのスーパーで
あの黄色い包み紙の飴を見つけた
あの赤い屋根の家はもう今はない
いつも空車のコインパーキングになっている
だけど駐車場の一角に花壇が設けられていて
数本の薔薇が咲いているんだ
今日久しぶりにこの場所に立ち寄った
かすかな薔薇のにおいの中で
あの飴を舐めて
おばあちゃんにさようならを言った